2011年4月12日火曜日

石巻市牡鹿半島鮎川浜ボランティア(2011.4/8〜4/11)現地レポート

2011年4月8日夜発、9〜10日現地、11日帰京
宮城県石巻市の牡鹿半島に行ってきた。鮎川浜でのボランティア。
男7人(会社勤め3人学生3人ニート1人)ワゴン車レンタルしての弾丸支援。
拠点は牡鹿総合支所、作業は主に鮎川中学校で(物資の配布場所として利用)


参考までに今回の支援活動のレポートを記します。

※前置き※
・震災支援の現場では刻々と状況(従って必要な支援内容も)が変化する。
・地域によって被害状況も様々である。
以上の理由から、下記レポートも
①類型化した教訓として多くの人に共有可能で他の被災地ボランティアで活用可能なもの
②あくまでその時その場所で行なったこと体験したことという留保付きでの情報・事実
二つの次元があることを最初に留保しておきます。

よってこういった災害時には「時間」の概念を常に忘れてはならないと言えます。

2011年4月8日夜発、9〜10日現地、11日帰京というタイミングで、
宮城県石巻市牡鹿郡、牡鹿総合支所という場所での状況下からの
鈴木悠平個人のレポートとしてご参照ください。

※※※※※※※※※※
レポート目次
1.支援活動と現地の状況概要
2.事前準備
3.鮎川中学校での服・靴の仕分け&配布作業
4.各集落へのワゴン配布
5.今後のこと

以下レポート本文
1.支援活動と現地の状況概要
現場の状況に即しての概要レポートをまず。

知り合いで早くから現地入りし活動している人にアレンジしてもらい、役場の方とつないでいただいて
宮城県石巻市鮎川浜鬼形山1-13、牡鹿総合支所へ。
作業は支所近くにある鮎川中学校の教室と体育館で行なった(21日から新学期とのこと)。

牡鹿半島というのは、宮城県北東部にあり、地理的に想像のつく通り、津波の被害がかなり大きかった地域。支所付近の海沿い集落は瓦礫の山、自衛隊が切り開いたであろう車両通行用の道以外は瓦礫が手つかずで積み上がったまま。町が津波に流された跡を目の当たりにした(支所含め高い位置にある建造物など、無事なエリアもある)。地盤沈下も起こり、港沿いのテトラポットなどの高さが如実に下がっていたのが印象的だった。文字通り地図が変わってしまっているという状況。

作業内容は自衛隊等の手で運搬されてくる物資の搬入作業や仕分け作業、および中学校にやってきた地域の人々への服・靴等の配布作業(陳列や誘導等々。教室を会場としての無料フリマのような絵をイメージしてもらえると分かりやすい)。

作業期間は9日10日の二日間。午前中に搬入や仕分け作業を行い、13:00〜15:00の時間帯で、来た人への物資(靴・服・日用品や毛布など)配布作業(少し早めに到着する人もいた)。

9日がちょうど住民への物資配布の開始で、1週間続くらしい。役場の方が集落ごとに中学校に来てもらう日を割り当て、週の後半は誰でも来て良いという流れで配布。初日は最も被害が大きく中学校からも遠い地域を割り当てたとのこと。

すると9日には13:00になっても全く人が来ず(結局15:00終了までゼロ)、急遽役場の方に提案して我々チーム&他のボランティアの方の車を利用して被害が大きい地域へ直接服や靴を配って回った。自分たちで取りに来られないぐらい地形が荒れているエリアもあるようだ。

10日はもう少し被害がマシで距離も近い地域の人が割り当てられており、180人ほどだったか、多くの人が来校し、物資を配布した。車で来た人、徒歩で来た人、送ってきてもらった人など様々。

10日夜に出発し11日早朝に帰京。

牡鹿半島はやはり漁業が主要な産業であり、船が打ち上げられるなど、津波で相当な被害を受けている。
例えば、水面に浮かべ目印に使う「浮き」、1個1万円のものが約2万個も津波で流されたとのこと。単純計算で2億円の損害。
船や浮きを含め、陸に打ち上げられたものを集めたり修理したりして漁を再開出来るまでには相当時間がかかる。

他地域も見てきたボランティアの方も言っていたが、支援格差のようなものはやはりあるようだ。
牡鹿は海が近くて被害が大きく、なおかつ支援が十分に行き届いていないそう。
水や食糧以上に、マンパワーが足りていない印象を受けた。
後述するが、服や靴も本当に現場で必要なものと支援で送られて来るサイズや種類がマッチしていない。

プロではない若者が現地にボランティアで行くことには種々の議論があるが、現場できちんとマネージメントしてくれる人がいれば若者のボランティアの意義も十分にあると感じた。
行った時は学校での作業にピンポイントで人が足りておらず、若い人手は役には立ったと言える(決してそれ自体誇ったり自惚れたりすることではないが)。


ポイントは、事前にきちんと現地の受け入れ側と連絡を取って作業内容をアレンジし、可能な限りの事前情報収集や状況想定をしてボランティアチーム内でも役割分担をしておくこと。食糧や水は自分達で買い込み夜はワゴンで車中泊するというつもりで内部完結出来る準備さえしておけば食糧や寝床を無駄に消費する足手まといにはならずにすむ。

学校は21日に始業するらしい。瓦礫の撤去などは人でなく重機での作業でないと不可能だろうが、それが終わるとまた物資配布とは別のところ(例えば小さな瓦礫、ゴミ、泥などの除去)で人手が必要になるだろう。

以上、今回のケース、自分の体験に即しての概要報告。


2.事前準備〜現地への交通手段について
これは牡鹿以外に行く人にも参考になると思う。
以下、箇条書きで。

■車について
・7人チームで、荷物の積み込みも考慮して10人乗りワゴンをレンタカーで借り、渋谷を夜に出発した。
・大型ワゴンは運転が大変なため、混みいった渋谷などではなく、道の広い店舗での予約が良い。
・移動もなるべく狭い道を避ける。
(今回はみんなの前の予定や人を拾う流れからやむを得なかったが)
・役場などに通行許可証を発行してもらえば高速料金が無料になる。
(石巻のは2ヶ月有効だったが同じナンバープレートの車でなくてはならず、レンタカーは継続使用が難しい。次回また発行依頼か…?)
・運転手は3,4人いれば十分な距離
・優秀なカーナビが搭載されている場合、地震による地形の変化、それに伴う交通事情の変化まで反映してガイドしてくれ、かなり助かる。
・道はどこで割けているか分からない(被害が大きい地域に近づくにつれ一層)ため、極限徐行推奨。夜は特に。
・慣れない地形での移動は暗い時は避けること。
・帰り道、三陸道に入る前にガソリンを入れること。結局今回は東京と現場の往復で3回の給油。
・当日ナビを使うとしても、事前に目的地までの交通事情を調べておくこと。

■買い出し、物品準備について
・自分達で寝食が完結し、現地の寝床や食糧を消費しないように準備をすること。
・人数分×日数の水などの飲み物を用意。一人1日1L×人数×日数で買う想定だった。
・しかし、ドンキホーテでペットボトルを多く買う予定が、流通停滞や買い占め対策からか1家族につき2Lペットは1本までと制限があった。2Lペット7本と小さいペットをいくつか買い、結局今回は2Lペットが2本程余ったというところ。
・主食は、おにぎり痛みやすいためパンや乾パン推奨。バターロール、レーズンロール、食パン、アンパンを今回は購入。面倒なので未使用のまま終わったがジャムも買った。
・その他、タンパク質不足を懸念しチーカマや魚肉ソーセージ、サラミなどを購入
・エネルギー源や眠気対策として、チョコ、飴、栄養ドリンク、珈琲も
・コップ、皿、ナイフや箸などの食器、ウエットティッシュやレジャーシートも購入
・レインコートや手袋(軍手はダメ。ゴムか革)も作業用に
・今回は現地に電気が通っていたが、電池での携帯電話充電パックは必ず全員買っておくべき。
・寝袋やブランケットも車中泊想定で用意しておくこと。
・物品リストなどを作っておくと良い。
・今回はお湯も使えたが、カップ麺は買って行って現地で食べられるか状況に依存する


3.鮎川中学校での服・靴の仕分け&配布作業について
こちらも、物資仕分け&配布作業を別の場所でする人がいれば参考に。

■物資搬入・仕分け・配布作業総論
・疲れ、緊張、遠慮、油断、ミスコミュニケーション、人材のバラツキ、様々なマイナス要因があるのだから、基本的には「ベストな状態」での作業、支援はあり得ないぐらいに思っていた方が良い。想定通りいかなくて当たり前。状況が変わる度にもろもろ考慮して一番ベターな対応を選んだいく、というスタンスの方が有効に思える。
⇒「緊急時の災害支援」という文脈が言い訳になってしまうのか、無意識のうちに仕事の質のハードルが自分達の中で下がったり、作業に非効率が出て来たりしてしまう危険があることを理解すべき。ボランティアだからといって作業の質や効率性を上げる工夫を怠る理由はどこにもない。とりあえず身体を動かす、ではなく常に頭をフル回転させて最善解を追求しながら作業をする(走りながら考える)
⇒そうは言っても実際人間は弱いし情けない側面がある。現地では確実にパフォーマンスが落ちる。疲れから朝起きれなかったり、イライラしてチーム内で軋轢が生まれたりすることは起こって当然。出会ったばかりのメンバー同士では言いたいことを言い合えなかったり、お互いの能力を把握しておらず無駄や停滞が生まれることもある。それを想定して、状況が悪いながらもリーダーが気持ちをほぐしたり意見を吸い上げたりしながら回していく必要も一方である(コンディションが悪い状態でもきちんと回るチームマネジメントが出来るのが優秀なリーダー)

・コミュニケーションを積極的に取り適宜修正しながらの行動をすること。挨拶も積極的に。
・一方で、ロジスティックスは一人リーダーを固定してその人の指示でみんなが動く、というようにして船頭多くして船山に登る状態にならないような統制が必要
・現地の全体指揮者(今回は役場の人)の統制に基本は従い、外からみたアイデア提案や修正などはタイミングを配慮すべき。一見非効率に見えても、多くの情報や計画を踏まえての指示であると予想される。
・ミーティングなど、作業の確認・分担はその現場に関わる全員で行なうべきで、学生ボランティアチームだけとかで内々にやるのでなく、他組織のボランティア、地元集落から来た住民ボランティア、役場等の指揮官など全体で動きを確認出来るように配慮・呼びかけをする。
・何かあるごとに集まってグダグダ話し合いをするのではなく、朝、昼休みなど要所要所で迅速に取り決めをする。
・それなりに効率も良く、有効なロジスティックスが組めたなら、我々のような短期ボランティアが抜けて人手が減ったりメンバーが変化した後も仕事が回るようにある程度のマニュアルを書き残すと有効かもしれない。マニュアル化出来なくとも、やった作業のレポートや、チーム内での反省は必須。
・名札とかあると良いかも。
・写真は調子に乗って撮りすぎず、人物を移す場合は配慮や確認を。Webアップロードするか否かの判断も慎重に。
・前日に翌日の作業工程をしっかり確認し、起きて身支度してからすぐ動けるようにする。



■体育館から中学校校舎への物資の搬入作業でのあれこれ
・段ボールの持ち方工夫。リレーで渡す際、向かい合わせの相手と段ボールを持つ手がぶつからずクロスするように、同じ持ち方をすると受け渡しスムーズ
・同じ人が靴を脱ぐ・履くのステップを踏むと無駄。外作業、外と中中継、中で廊下や階段を行き教室へ運搬する人、と分担して人を配置すると良い。今回は7人チームだったので外:中継:中=3:1:3とか2:2:3とかでやってた。


■教室・廊下での物資の仕分けや陳列作業あれこれ
だいたいの作業概要は下記
・1階廊下で靴の陳列。サイズごとにエリア分けして並べた
・2階の教室3つを倉庫的に利用、各部屋に紳士服、女性服、子供服を分けて搬入した
・その後、服の種類ごと、サイズごとに分けて袋詰め
・廊下に机を並べ、各教室前に紳士服、女性服、子供服を分けて陳列
・3階は下着・肌着・生理用品置き場とした
・2階と3階の踊り場の間にタオル、バスタオル、トイペやティッシュ、紙おむつ、コンタクトレンズ用品などなど日用品を配置
・階段は混雑時危ないと判断して箱を並べない方向で対応
・入り口に受付(名前や年齢書いてもらう)を設置、受付済んだ人に物品詰める用のポリ袋を渡すように準備

紳士服、女性服でそれぞれ特徴があったので下記のように対応
・紳士服は、作業着、ジャージ、スエット、厚手の上着、セーター、Tシャツ、トレーナー、ジーパン、ズボンなど種別ごとに分け段ボールに別々に入れて机上に陳列した。これは、家周りの瓦礫撤去など作業をしたいというニーズがあったため。アウターかインナーか、ではなく作業用として使えるものと動きにくいものを分け、作業着などはなるべく取りやすい位置に置いた。
・一方、女性服は種類もデザインも多様で分類が非常に困難であり、支援物資の大半がオシャレ着であり、どれが売れるかのニーズが読めなかった(男性同様作業着としてジャージなど人気だったが今回量が非常に少なかった)ため、種類分けはざっくりと、後はサイズごとにエリアを分けて配置した



■被災地の方が来たときの物資配布作業あれこれ
だいたいの作業概要は下記
・来た人から受付を済ませ、袋を渡しながら1階2階3階の物品内容を伝える。
・靴は一人3足まで、服や日用品は個数制限設けなかったが、一人2袋まで、常識的に持ち帰れる程度の量をという方針で、あまりに非常識な場合は止める方針だった(毛布の取り合いパニックが起こり、一人で8つも毛布を取って行く人もいたため、毛布は途中からこちらで必要な人に手渡しする手法に変更した)
・家族が一緒に来れなくて家族の分も持って行きたいと言う人は基本的にOKとし、靴も3足×家族人数分持って行って良いようにした。
・1週間の配布期間が終わると余った物資は次の拠点に送られるため、仕分けした袋はなるべくごちゃ混ぜにせずそのまま送って次に活かしたいという事情があったため、廊下=店舗、教室=倉庫扱いで倉庫内には基本的にボランティアスタッフのみ入るようにし、来た人には廊下に出ているものから選んでもらうことにした。中に入って袋を全部ひっくり返して欲しいものを探されると収集がつかない。
・廊下から欲しいものを探してもらい、「見つからない服やサイズなど、欲しいものがあれば中からも探して出してみるので言ってください」と伝え、リクエストがあるたびその種別・サイズに対応する袋ごと廊下に出してそこから探してもらうというサイクルを回した。なかった場合は諦めてもらう。
・数が少ない物資(今回だとトイペやティッシュ、オムツなど)は一人一つにしてもらうなど、制限した。

下記、その他気付いたことや反省点
・現地のニーズを想像することの大切さ。我々現地スタッフのみならず服など物資を送る側も。セーター等、厚手の防寒着は不人気だった。これから季節的にもあったかくなるし、動きやすいジャージや作業着などが今回より必要とされていた。今後温かくなると薄手の服が必要になってくるかもしれない。
・関連してだが、被災地の人だってえり好みしたりオシャレしたいのは当然だということを理解すべきだと思う。これは本当は当たり前のことで、被災者だろうと無事な地域の人だろうと同じ人間なのだから好みがあって当然。どこかに「助けてあげる支援者」側の傲慢として「大変な被災地の人なんだからなんでも送れば喜んで着るだろう」といった気持ちは無いか。物資を送る側の人間や組織は、どう考えても誰も着ないような服をやっかい払いで送ろうとしていないか。まず自分自身でのフィルタリングが必要だと思う。
・必要物資のヒアリングをなんらかの手段で出来ると良い。支援物資を送る側にどうそれを伝えるか…
・買い物弱者というか、小柄だったり高齢だったりする人が、積極的に元気に物資を回収していく人々の波におされて怪我をしたり物資を取れなかったり出来るようなサポートも適宜していくべき
・一方で、全てスタッフが面倒を見て来た人は「お客様」というスタンスばかりでなく、状況に応じて物資を取りに来た人々を活かして一緒に混ぜながら交通整理をしたり物資の配布作業をするなど、よりinclusiveな支援を出来ればなお良いと思われる。


4.各集落へのワゴン配布作業について
1.でも触れたが、初日は人が中学校に来ず、役場の方に提案して我々チーム&他のボランティアの方の車を利用して被害が大きい地域へ直接服や靴を配って回った。僕はそちらには行かず中学校での作業をしたため、同行メンバーの中でワゴン配布作業を行なったメンバーから共有してもらったことをここに記す。

作業概要は下記
・喫緊で必要と思われるもの、ニーズがありそうなものに絞って物資を段ボール詰め、複数のワゴンに積み分け
・中学校に来れない集落を回り、物資を配布

行ったメンバーから聞いた、現地を回って気付いたことなど
・避難所生活一ヶ月が経過し、ストレスが溜まってる人多かった。集落によってはピリピリしていた印象。
・特に若い子たちはオシャレしたそうで、届いた物資の色やデザインの好みが合わず満足出来ないことも。
・炊き出しを薪を使ってやっていたり、排水溝の蓋を鉄板代わりしていたりとライフラインや機材の問題を感じた
・中学校跡地が避難所で、体育館のカーテンがピシっと閉められているところなどを見て、あまり中を覗き回ったりすべきでないと感じた
・ピリピリしている状況、決められた範囲内で仕事をするに留めた方が良い 
・情報収集やコミュニケーションは服とか配ってるなかでついでにする程度が良いのではないか。 また、ニーズ調査は、「なにか欲しいものありますか?」というオープンクエスチョンより「○○いりますか?」などクローズドクエスチョンの方が答えやすそうだった
・避難所生活しながら三日に一回自分の家に戻ってる人などいたが、漁師さんは本当に何も出来ない状態
・死体の捜索がまだな地域も
・瓦礫の中、自衛隊などが作ったであろう細い「人工」の道だった。


5.支援の現場で感じた問題点と、今後のこと
支援で送られて来るヒト・モノ・カネが必要な場所に必要なだけ届くように…というのが理想だか、上記の服のケースを見ても分かるよう、ミスマッチは多々起こる。
その原因は情報流通の不備にあるのではないか。とりわけ今回ヒアリングをして感じたのは、現場からのニーズを役所なりリーダーがくみ上げて支援をする側の人や組織にフィードバックするシステムが決定的に不足している(あるいはそれを構築するキャパシティがない)。

牡鹿では、牡鹿本部、集落ごとの本部、さらに集落が何世帯かずつの班に分けられるとのこと。
集落ごとの本部長、班ごとの役員など取りまとめ役あるいは上からの情報の受け取り役がいるそう。
今回のケースで問題となっているのは、

・牡鹿の本部である総合支所から、物品配布のお知らせやチラシが行き届いている地域と届いていない地域の情報格差(交通機関や通信インフラの問題から起こっていると思われる)
あるいは、
・集落の班ごとに分配された物資や、班の役員まで降りて来た情報などが、各世帯までちゃんと届いていたり公平に分けられたりしている地域と、そうでない地域(地域コミュニティの性質や班役員の分配スタイルといったローカルな違いから引き越されていると思われる。「お互い他人に無関心で…」というように語られる地域もあった。班の役員の家で、届いた物資が班を構成する世帯で分けられるというようなスタイルの場合で、足が悪くて役員の家を訪問出来なかった世帯が取りっぱぐれるというようなケースがあるらしい)

後者は完全に現場状況に依存するもので、行政区画ごとの定型的な連絡システムを整備しても解消されないような問題。その場合、そこで起こっている物資や情報流通の不備を解消するのは、現場からのフィードバックしかないだろう。通常のラインで対応出来ない現場の問題に合わせて、情報や物資の通し方を柔軟に上の人が変えられるかどうか。これは非常に難しい。

それが出来ないなら、そうした超ローカルな情報を見聞きしたボランティアがルール外、マニュアル外の行動で直接物資や人を届けるなどといった動きが次善の策となる。ただこれは役所など指揮者側との軋轢を生む場合もあり、そうしたイレギュラーな対応をすることを進言・提案するなど、行政側と外部ボランティアの連携がやはり重要になる。

いずれにせよ、どちらの対応方法も現場で実際に動ける人材の能力如何に左右される部分が大きく、ポジションやシステムだけを見てテコ入れすれば定型的に解消されるものではないだろう。
(今回の役場、牡鹿総合支所の方は非常に柔軟かつ合理的な判断をされる方だと、僕らが来る以前から参加しているボランティアの方も高い評価をされていて、僕らもその人のマネジメント下でうまく力を発揮出来た面もあると思う)


たった2日、1地域だけではほとんど一般化することは出来ない。もう一度アレンジしてGWに支援に行くつもりでいる。再び牡鹿、出来れば他の地域も周りながら情報収集と現場支援を行なっていきたい。6,7月には更に長期で現地入りが出来ればと思う。

情報流通の重要性、ヒト・モノ・カネの適正分配の難しさを知った上で、
自分はどんなアクターと連携し、どんな仲間を集めて何をすべきか、今月よく体制を整える必要がある。
また次に被災地に行く時には状況は間違いなく変わっていて、求められる支援も変わって行く。机上の想像やプランだけにも、一部の現場で見聞きしたことだけにも、引っ張られすぎず短いタイムスパンでなんどもアクションと修正を繰り返していくしかないだろう。

4 件のコメント:

  1. 初めまして。マイミクの者です。今回のボランティアはどの様な経緯で参加出来たのですか?私も参加したいので、団体のURLなどを貼って頂ければ幸いです。お手数ながらよろしくお願いします。

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  2. 小野田雄介2011年4月16日 15:09

    非常に為になりました。参考にさせていただきます。

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  3. >匿名さん
    Mixiやめちゃったので、そのマイミクの人は同姓同名の別人かも(笑)今回は知り合いのツテでアレンジしてもらったのですが、次回もGWに行く予定、ちゃんとしたプロジェクトとしてこれから体制整えるところです。というわけでまだURLは用意出来ていませんが、Twitterかなんかで連絡くださればメールで詳細送ります。
    >小野田さん
    ずいぶんと長文ですが…笑 どうもありがとうございます。参考になったなら幸いです

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  4. >匿名さん
    こちら、プロジェクト用のブログを立ち上げましたのでURLお知らせします。
    http://lastonemileproject.blogspot.com/

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