2011年12月17日土曜日

少年と新幹線

先週石巻に手伝いに来てくれた大学時代の友人がまたこの週末に帰ってきた。

彼女は藝大の院生で、今回は女川に行って子ども向けのワークショップをするために来たらしい。段ボールハウスを一緒に作るワークショップ。
(色々小耳に挟むところ、この週末はそういう子ども向けワークショップが色々行われているらしい。)

女川にも、石巻や牡鹿、雄勝と同じように、仮設商店街が出来ていて、今日はオープン記念のイルミネーション点灯式だったとか。

だから今日は日中別行動。こっちはこっちで仕事して、夜に石巻駅に迎えに行った(うちの事務所がボランティアの宿泊スペースにもなってるから今回もそこに泊まってる)。車内でワークショップの様子や感想を聞く。

実家から色々画材を女川に送ってもらっていたらしく、それを使ってみんなで楽しく段ボールハウスを一つずつ作ったらしい。

参加した子ども達のグループのなかで、飛び抜けて元気で賑やかだった少年の話を聞く。

「マジック見せてあげる!」
とか
「ライト点灯5秒前!」
とか、とにかくよくしゃべり、よく動き回る子だったらしい。

画材の中に、新幹線の模様の色鉛筆があって、それを見つけたときに表情が変わる。

「これ、流されたおうちにあったの」

箱の中には新幹線のステッカーがおまけで入っていて、色鉛筆は一本一本違う新幹線の模様になっている。

「これは〇〇号、これは△△号」
と、一本一本彼女に新幹線の種類を詳しく説明してくれた少年。
終わり際に彼女が、
「これ、持って帰る?」
と問うと、
「んーん、いらない。」


*

車内の会話。


「それまですっごい賑やかで落ち着きの無い子だったんだけど、その色鉛筆を見つけた瞬間、大人っぽい表情になって」

「なんでその時、大人っぽい、っていう印象を抱いたの?」

「うーん、なんでだろう…」

「悲しそうとか寂しそうとかじゃなくて、大人っぽい…?」

「なんというか、子どもが、可愛がってたペットが死んじゃったときにそれを見るような表情に似てる」

「なるほど…だからその色鉛筆、欲しがらなかったのかな。同じ商品でも、それは彼と同じ時間を過ごした新幹線じゃないから。」

「そうかもしれない」


そんなことを話したあたりで車が着いた。

当たり前のことながら、僕らはその少年本人じゃないわけで、答えもその心中も、知るべくもないのだけれど。

なおかつ僕なんかはその場にすらいなくて、彼女の話を聞いて勝手に想像を巡らして質問しただけなのだけれど。

ただ、彼女が「大人っぽい」と表現した、その少年の頭の中には、きっと僕ら大人(?)が想像も及ばないような、色んな考えが巡っていたんだと思う。たぶん。

大人しくなった理由や、新幹線の色鉛筆を「いらない」と断った理由は、(勿論それもきっとあるんだろうけど)ただ単に、流された家や当時のことを思い出して悲しいとか寂しいとか、それだけではないんじゃないか。


ワークショップがよほど楽しかったのか、イルミネーションの点灯式が終わった後また作業場に戻ってきて、二つ目の段ボールハウスを作ろうとしたらしい。友達に呼ばれて、結局時間がなかったみたいだけど。その彼の、子どもらしい明るさ賑やかさと、大人びた表情のその隙間には何があるのだろう。

0 件のコメント:

コメントを投稿